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【コラム】 没後250周年[3] メンデルスゾーンとの関係
 J.S.バッハを語る上で重要な人物の一人としてメンデルスゾーンがあげられます。
 メンデルスゾーン(1809-1847)はドイツの作曲家。裕福な銀行家の子供で、早くから音楽的にも恵まれた教育を受けていました。1819年ツェルターが指揮者であった唱歌学校に入学し、作曲を始めました。1821年ツェルターに連れられてゲーテを訪問、さらに1825年にはパリを訪れ、ケルビーニ、マイヤベーア、ロッシーニなどを知ることになります。
 そして1829年、この年がメンデルスゾーンとバッハにとって特別でとても意味深い年になります。メンデルスゾーンは19世紀の作曲家であり、バッハは17・18世紀の作曲家です。同じドイツの作曲家ではありますが時代はまるで違います。
 バッハ没後、ベートーヴェンはバッハを「和声の父」と評したものの、その後バッハの曲が演奏される機会は少なくなり、世の中からバッハは忘れられていきました。バッハ作品は一旦眠りに就きました。そして1829年、ツェルターは強く反対しましたが、メンデルスゾーンの強い要望で「マタイ受難曲」を指揮上演し、忘れられていたバッハの真価を世間に認めさせました。これは当時、さらに現代の芸術に新しい方向与えることになったと言っても過言ではありません。
 メンデルスゾーンは「バッハ発掘」という大きな功績を残しましたが、1847年姉の死が心労にこたえ、ライプチヒで若くして生涯の幕を閉じました。彼の作品の管弦楽曲はその主題や声部の進行において、またその形式において古典主義の理念を保持しつつ、新鮮で色彩豊かなロマン主義の息吹が感じられます。伝統を愛しながら新しいものを取り込もうとした、まさに古きを知って新しきを得る彼の姿勢がその楽曲からも見え隠れしています。

 高貴な形式に対する繊細な感情、無理のない和声と旋律との処理に対する細心さ、そして古典主義の理念を尊重した上で確立されたロマン主義の息吹、彼の作品はロマン派において重要な役割を果たしたことは言うまでもありません。


Written by CHANMAN at 2000-07-05 00:00:00
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Written by Grecoviche at 2016-12-21 11:16:13
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